隣人哀

「誠意をみせろ!誠意を!!」 男性は、私に向かって大声をあげた。 ことの発端はこう・・・ とあるアパートの一室で、高齢の住人男性がひっそりと孤独死。 放置された日数は少なくはなかったが、冬の寒冷の中で腐敗速度は低速。 遺体は、膨張溶解ではなく乾燥収縮。 異臭は発生してはいたものの、それは「腐乱死体臭」というより、高齢者宅にありがちの“尿臭”にちかいもの。 私からすれば“ライト級”・・・いや、“ストロー級”、ホッとできるくらいの現場だった。 故人の部屋は独立した角部屋。 アパートの構造上、隣室との間には、共用階段が挟まれていた。 つまり、壁一枚で隔てられた隣室はないということ。 しかも、室内の異臭は軽度で外部漏洩はなく、近隣に迷惑がかかっているというようなことはなし。 それは、不動産管理会社の担当者も現場に来て確認していた。 私は、調査からほどなくして作業に着手。 軽症の現場とはいえ、油断せず、近隣に対する配慮も怠らず、いつものように自分のセオリー通り組み立てた手順で作業を進めた。 遺体汚染は素人目にはわからないくらいのもので、尿臭も素人でも我慢できるくらいのもの。 床の残った体液は最初の30分で、室内にこもった尿臭も数日のうちに収束。 何も言われなければ、そこで人が亡くなったことはおろか、まだ、そこで人が生活していると言ってもいいくらいの部屋に戻った。 「隣の部屋の人が“クサい!”って言ってるんですけど・・・」 作業も終盤にさしかかった頃のある日の夕方、管理会社の担当者から電話が入った。 何日も前に特掃は終わらせ、消臭消毒作業も山場を越えて仕上げ段階にきてのこと。 「何かの間違いじゃないですか?」 まったく心当たりのない私は、首をかしげた。 現場を知っている担当者も、どうにも解せない様子だった。 しかし、臭覚は、個人的・主観的な感覚。 臭気の感じ方に、個人差があっても不自然ではない。 また、腐乱死体臭の場合、一度嗅いでしまうと精神にニオイがついてしまい、「鼻について離れない」と言われることも多い。 結局、「電話じゃラチが明かない」ということで、私は、急遽、現場へ出向くことに。 一日の仕事を終え帰り支度も終わった段階、暗くなってからの出動はとても面倒臭くはあったけど、付き合いの長い担当者は、いつも私の仕事ぶりを評価してくれ、何かとよくしてくれていた。 その恩義もあったので、私は、さっさと支度を整えて現場へ急行した。 現地に着いた頃、陽はとっくに暮れ、冷え冷えとした空気が暗がりを覆っていた。 まず、私は、現場の部屋の前へ。 周辺の空気を慎重に嗅いだが、当初から変わらず特に異臭は感じず。 ただ、常日頃から凄惨現場で苛めぬかれている鼻が、腐乱死体臭を“異臭”として感知しない可能性もある(そんなはずないけど)。 ミスがあってはいけないので、私は、念には念を入れて、外気と部屋の前の臭気を交互に嗅いだ。 結果、異臭を感知しなかった私は、「異臭なし」と判断。 「何かの勘違いだろう・・・」と、苦情を言ってきている隣室のドアをノック。 すると、中から初老の男性がでてきた。 「アンタが掃除の業者?」 初対面なのに、不愉快なタメ口。 「そうです・・・」 礼をわきまえない人間は嫌いなのだが、私は、敬語対応。 「クサくて部屋にいられないよぉ!どおしてくれんの?」 完全に上から目線で、何かをたかるような ねちっこい口調。 「特に変なニオイはしませんけど・・・」 まったく異臭を感じない私は、感じたことを率直に返答。 「何いってんだよ!こんだけ人に迷惑をかけといて、“臭わない”はねぇだろ!」 男性は不快感を露わに。 「この仕事、恥ずかしいくらい長くやってますから、ここに遺体のニオイがないことくらいわかりますよ」 こういうときに熱くなるのは禁物、私は冷静さを保つよう努めた。 「俺が“クサい!”って言ってんだからクサいんだよ!」 男性は、どこかの政治家みたいに論点をすり替えて、テンションを上げた。 「私が“クサくない!”って言ってるんだからクサくないんですよ!」 内心で苛立ちはじめていた私は、ギアを戦闘モードに切り換える準備をしながら男性の揚げ足をとった。 そんな平行線のやりとりを繰り返しているうちに、男性の怒りは頂点に。 「バカ野郎!」「掃除屋のクセに!」等と語気を強め、人差し指を頬にあてて「こっちの知り合いもいるんだからな!」と、化石級の脅し文句で威嚇してきた。 そして、そんなやりとりの中で、「誠意をみせろ!誠意を!!」と、大声をあげたのだった。 良識をもって作業を行うことはもちろん、近隣や他人に社会通念を逸するような迷惑をかけてはいけない。 しかし、根拠のない苦情や理不尽な行為は 到底 容認できるものではない。 そのうえ、私は、臆病者のくせに気は短い。 争いごとは好まないくせに、勝算のある揉め事は嫌わない。 また、弱虫のくせに口は達者で、屁理屈をこねるのも不得意ではない(“口が減らないヤツ”と褒めて?くれる人も多い)。 「金がとれる」等と、どこかの愚か者に入れ知恵でもされたのだろう・・・話の中で男性の魂胆が見えた私は“ニヤリ”。 「ちょっと不動産会社の担当者と相談しますから・・・」 と、男性の要求を検討する素振りをみせながら、一方、頭の中では形勢逆転を画策しながら、一旦、戦線を離脱した。 私は、ことの経緯を担当者へ報告。 どんな人間であれ不動産会社にとって入居者は客であるから、不愉快な気持ちを抑えて丁寧に対応してきた担当者だったが、事の真相が“金銭目的のゆすり”であろうことがわかると声色が変わった。 怒りを滲ませ、「何を言われても無視していい」とのこと。 更に、「反論していいですか?」の問いに、 「言いたいことがあるなら言い返してもいいですよ!」 「ただ、挑発にのって手を出したりしないように!」 「あと、念のため録音に気をつけて下さい」 と、男性に応戦することを認めてくれた。 本件の責任者である担当者の許可を得た私は、意気揚々かつ虎視眈眈と戦線に復帰。 再び男性と対峙し、先に口火を切った。 「ところで、“誠意”って何ですか? 具体的に言ってもらわないとわからないんですけど!」 「“誠意”ったら“誠意”だよ! ガキじゃないんだからそんなのすぐわかるだろ!」 「そう言われてもねぇ・・・」 「自分の頭で考えろ!」 「私、頭が悪いものでわからないんですよぉ・・・具体的に教えてくださいよ!」 「バカか!?オマエは!」 「そうなんでしょうねぇ~・・・全然わからないなぁ~・・・」 「ホント!頭にくるヤツだ!!」 男性が金銭を要求しているのは明らかだったので、私は、男性の口から「金」という一言を引き出そうとした。 しかし、自ら「金をよこせ」なんていうと詐欺・恐喝などの犯罪になりかねない。 あと、感情にまかせて暴力をふるっても同様。 男性はそこまでバカじゃなかったのではなく、同じようなことをやらかして懲らしめられた過去があったのだろう、その一言は口にしなかった。 また、拳をあげる素振りで威嚇してきたものの実際に殴りかかってくることもなかった。 男性はフルパワーで脅しているつもりだったのだろうけど、一方の私は、恐いどころか痛くも痒くもなし。 余裕の薄ら笑いを浮かべながら、“のらりくらり”と“おとぼけ”に徹した。 しかし、終わりの見えない口論は時間の無駄。 押し問答に飽きてきた私は、男性の弾が尽きそうな頃合いを見計らって、攻勢に転じた。 「○○(故人)さんが亡くなって発見されないでいる間はクサくなかったんですか!?」 「悪臭があったとしたら最初からのはずなのに、なんで、今頃になって言ってくるんですか!?」 「“クサい!クサい!”って、そもそも遺体のニオイを知ってるんですか!?」 「もともと△△(男性)さんちがクサいんじゃないですか!? その証拠に、アパートの他の人は誰も何も言ってきてないじゃないですか!」 「何をせしめたいのか、ハッキリ言ったらどうですか!?」 と、嫌味弾をたっぷり込めたマシンガンをブチかました。 更に、腹いせついでに、 「△△さんは、この先ずっと死なないんですか? その歳で、この先○○さんみたいにならない確証はあるんですか?」 「そもそも私が出したニオイじゃないんだから、私が文句を言われる筋合いはないですよ!」 「“一人きりで亡くなった○○さんが悪い”とでも言いたいのなら、どうぞ当人に言って下さい! 近くで、こっちを見てるかもしれませんから!」 「ただし、その後、何が起こっても私は知りませんけどね!!」 と、グーの手に立てた親指で故人の部屋をクイクイと指しながら、私は、意味のないことを ことさら意味ありげに言い放った。 「・・・そ、そんなの俺の知ったことか!」 男性は、まともに反論できず“蜂の巣”に。 子供のようにそう言い捨てると、スゴスゴと自室に退却。 まだ弾が残っていた私が“話はまだ終わってない!”とばかりにドアをノックしても反応せず、天敵を前にしたカタツムリのように、そのまま部屋に閉じこもってしまった。 そして、これに懲りたのだろう、その後も、私が故人の部屋に作業に入っても自室から出てくることはなかった。 そんなある日、私が隣室に立ち入る物音をききつけた男性が、久しぶりに自室から出てきた。 「新たなネタを仕入れたか? 今度はどんな因縁をつけてくる気だ?」と私は警戒。 しかし、何だか、それまでとは様子が違う。 前回同様に私を睨みつけてくるのかと思ったら、予想に反し、どことなく気マズそうな顔に不気味な愛想笑いを浮かべて近寄ってきた。 「ご苦労様・・・この前は申し訳なかった・・・お互い、なかったことにして水に流してよ」 何があったのか、男性は私に謝罪。 私は、それまでとは別人のような低姿勢に気持ち悪さを覚えたものの、謝られて無視するのは礼に反する。 「こちらこそ・・・あの時はちょっと言い過ぎたかもしれません・・・スイマセンでした・・・」 男性に対する不快感は拭いきれなかったが、私は男性の謝罪を受け入れ、自分の非礼も詫びた。 それにしても、男性が態度を豹変させたのは奇妙だった。 しかし、何があったのか・・・その理由はサッパリわからず。 管理会社が金品を渡したわけではないし、大家に叱られたわけでもなさそうだし、他の住人にたしなめられたわけでもなさそう。 「何が起こっても知らないぞ!!」といった、私の意味深な言葉が効いたのか・・・ とにかく、その訳はわからず仕舞いだった。 何はともあれ、表面上でも男性と和解できたことはよかった。 自分に非がないとしても、心にシコリが残ってしまい気分が悪い。 また、作業が無事に完了ことにもホッとした。 ともすれば、忍耐力の弱さがでてしまい、大ゲンカに発展して仕事どころではなくなったかもしれないから。 そうなったら、私の仕事を信頼してくれている担当者や その向こうにいるアパートオーナーを裏切ることにもなったし、更には他住人や故人にまで迷惑をかけてしまうことにもなりかねなかった。 後腐れなく一仕事を終えることができて、清々しい気分に包まれた私は、 「ひょっとして・・・○○(故人)さんが、ちょっと恐いイタズラでもしたのかな・・・・・Good job!」 と、青く澄んだ大空を仰ぎつつ、透明になった故人に微笑んだのだった。

特殊清掃についてのお問い合わせは                                                                             

特殊清掃プロセンター 0120-75-9944

メールでのお問い合わせは

笑顔の向こうに

緊急事態宣言も延長され、遊ぶ場所は軒並み休業で、外出自粛はもちろん他都道府県への移動も事実上制限されている。 こういう局面になっても自制できない連中のことはさておき、良識ある?私にはモラルをもった行動が求められる。 そうはいっても、自制心のある大多数の人の中にも、GWの過ごし方に悩み、“ステイホーム”しきれず、屋外の散策等に出かけた人も少なくないのではないだろうか。 “三密回避”の啓蒙がすすんだ反面、“密が三つ揃わなければ大丈夫”“屋外なら大丈夫”といった誤った認識も広がったのではないかと思う。 だから、人々は公園や海に出かけて平気で遊べるわけ。 人が密集していようが、人と密接していようが、「屋外」というだけで安心して。 実際、身近なところでも、マスクもせずハァハァ走っている中年や、数名で集まってワイワイやっている若者をよく見かける。 そして、利己主義者特有の自己中心的な苦々しさを覚えている。 かくいう私も、4月下旬に旅行を計画していた(正確にいうと、実兄が計画したものに乗っかっただけ)。 生まれて初めての四国旅行だったのだが、緊急事態宣言が出された段階で即中止に。 ちなみに、私は半世紀余も生きてきて、一度も四国四県に行ったことがない。 あとは、沖縄も・・・そういえば、福井・和歌山・長崎・佐賀にも行ったことがなく、岐阜は ただ何度も通過したのみ。 そう考えると、どこも行ってみたいところばかりだ。 でも今は無理だから、かわりに、「気分転換に海にでも行こうか・・・」と考えた。 そうはいっても、さすがに伊豆や熱海ってわけにはいかないから、もっと近場で。 鎌倉や江の島、湘南方面もいいところなんだけど、そのときは“不自粛サーファー”の悪い印象があった。 個人的には、館山や銚子、九十九里の方が気楽で行きやすいので、房総方面を検討。 しかし、結局のところ、それでは、“自制できない輩”と同じで、思慮のない無責任行動は世の中のためにならない・・・ひいては、自分のためにならないから いつもの狭い生活圏内にとどまっている。 ただ、絶え間ない自粛・緊縮は人々にストレスを与え、長引けば長引くほどそれは大きくなる。 私に笑顔がないのはコロナ前からの日常的なことだけど、人々から笑顔が消えてしまわないか心配。 そして、今はまだ理性で支配できている秩序が乱れていくことも。 ささいなことで揉める、ちょっとしたことでキレる、暴力や暴言が横行する・・・ 医療崩壊だけでなく、このままでは社会秩序まで崩壊してしまうのではないかと懸念される。 遺品処理の依頼が入った。 依頼者は50代の男性。 亡くなったのは男性の父親、80代。 葬儀も終わり、身辺も落ち着いてきたので、故人宅の家財を片づけたいとのこと。 男性は、その死因までは言及しなかったが、話のニュアンスから急逝であったことが伺えた。 現地調査の日、男性は、約束に時刻より早く現地に来ていた。 外見上の年齢は、私より少し上。 ちなみに、私は、自分の外見について“実年齢より若く見える”といった勘違いはしていない。 男女問わず、“自分は若く見える”というのは、多くの人がやらかすイタい過ちである。 それはさておき、男性は仕事の合間をみて現場に来たらしく、私と似たような作業着姿で、同じ肉体労働者として親しみを持ってもらえたのか、私に対してとても礼儀正しく接してくれた。 現場は、閑静な住宅地に建つ老朽アパートの一室。 間取りは、古いタイプの2DK。 和室が二間と狭い台所、トイレ、浴室。 部屋は純和風、トイレも和式、浴室はタイル貼で、給湯設備も 今はもう少なくなってきたバランス窯。 新築当時はモダンだったのだろう、昭和の香りがプンプン漂う建物だった。 故人は、もともと、几帳面な性格で、きれい好きだったよう。 室内の家財は多めだったが、整理整頓清掃は行き届いていた。 老人の一人暮らしのわりには、水廻りもきれいにされていた。 「庭」と呼べるほどのスペースではなかったけど、物干が置かれた裏手には、数個の鉢植があり、季節の花が蕾をふくらませていた。 そして、これから花開こうとするその生気は、そこから故人がいなくなったことを・・・儚いからこそ命は輝くことを説いているようにも見えた。 部屋の隅には、スペースと釣り合わない立派な仏壇が鎮座。 私の背丈よりは低いものの、重量は私よりも重そう。 また、私は安い人間だけど、仏壇の方は結構な値段がしそうなものだった。 中に置かれた仏具は整然と並んでおり、ホコリを被っているようなこともなし。 線香やロウソクも新しいもので、厚い信仰心を持っていたのだろう、故人が“日々のお勤め”を欠かしていなかったことが伺えた。 その仏壇の前の畳には、水をこぼしたような不自然なシミ。 特掃隊長の本能か、私の野次馬根性と鼻は、かすかにそれに引っかかった。 水なら数時間で乾いて消えるはず・・・しかし、油脂なら乾いて消えることはない・・・ つまり・・・それは植物性の油、もしくは動物性の脂ということになる。 肌寒の季節に似合わず窓が全開になっていることを鑑みて、私は“後者”だと推察した。 私は、それとなくそれを男性に訊いてみた。 すると、男性は、少し気マズそう表情を浮かべ、事実を返答。 やはり故人は、そこで亡くなり、そのまま数日が経過していた。 隠しておくつもりもなかったのだが、伝えるタイミングを探していたところ、私が先に尋ねてしまったよう。 ただ、時季が春先で、そんなに気温が高くなかったため、目に見えるほど腐敗はせず、その肉体から少量の体液が漏れ出ただけで事はおさまっていた。 晩年はアパート暮しだった故人には持家があった。 それは、故人が若い頃、男性(息子)が生まれたのを機に新築購入を考え、妻(男性の母親)と相談して建てたもの。 そして、長い間、そこで生活。 その間、男性も成長し、社会人になり、結婚して、子供(孫)も生まれた。 そうして、親子三代、平凡だけど賑やかに暮らした。 転機が訪れたのは、サラリーマンを定年退職した60歳のとき。 それを機に、故人は一人、このアパートへ転居。 その後は、前職のコネでアルバイトをしながら生活。 そして、70歳を過ぎるとアルバイトも辞め、のんびりした年金生活に。 贅沢な暮らしではなかったけど、時々は頼まれ仕事をし、時々は遊びに出かけ、時々は男性宅(実家)に顔をだし、自由気ままにやっていた。 男性をはじめ、嫁や孫との関係も悪くなかったにもかかわらずアパートに転居した故人には、ある想いがあった。 そこは、若かりし頃の故人夫妻が、一緒に暮らし始めたアパート。 当時の建物もボロで、その分、家賃も廉価。 もう50年も前のことだから、大家も代が変わり、建物は建てかえられていたけど、場所は同じところ建っていた。 そして、生前の故人は、「人生最後はあそこへ戻る!」と誰かに誓うように言っていたのだった。 故人が大事にしていた仏壇の中央には、若い女性のモノクロ写真。 穏やかに微笑む女性が写っていた。 背景はどこかの砂浜・・・多分、海辺。 胸元より上しか写っていなかったので想像を越えることはできないけど、服装はノースリーブの、多分、ワンピース。 背景・服装からすると、どうも、一時代前の夏のひとときのようだった。 何よりも、その表情・・・その“笑顔”が印象的だった。 穏やかな微笑であることに間違いはないのだが、ただ、 “目が笑ってない”というか“泣きそうな目をしている”というか・・・ “抑えきれない複雑な想いや葛藤が、笑顔の向こうからにじみ出ている”というか・・・ 得体の知れない何かが感じられ、惹きつけられた私の視線は釘づけに。 そして、何かを推しはかろうとする心に従うように、頭は写真の中へタイムスリップしていった。 「それは私の母です・・・若い頃の写真なんですけど・・・」 アカの他人の私が仏壇の写真を注視する様を怪訝に思ったのだろう、訊かずして男性が口を開いた。 「私が小さいときに亡くなったんです・・・もう50年近く前になりますね・・・」 行年は30代前半、男性が小学校に上がる直前のこと。 死因は胃癌で、気づいたときはあちこちに転移し、手術することもできないほど進行していた。 「“もう長く生きられないから想い出をつくろう”ってことで、三人で海に出かけたんです」 とてつもなく切ない場面なのに、男性は、楽しかった想い出を懐かしむようにゆっくりと話を続けた。 「まだ小さかったですから、母親の記憶はあまりないんですけど、このときのことはよく憶えてるんです・・・」 “これが最後の家族旅行になる”ということが幼心にも感じられ、記憶に強く刻まれたよう。 そのときの家族三人の心情を察すると余りあるものがあり、返す言葉を失った私は、ただただ口を真一文字にして聞いているほかなかった。 そのときの女性は、どういう気持ちだったか・・・ 末期の癌に侵され、「もう長くない」と宣告され、身体はどんどん衰弱し、病の苦しみが増す中で、どんなに、「息子の成長を見守りたい」と思ったことか、どんなに、「夫をささえていきたい」と思ったことか。 そして、どんなに、「家族と別れたくない!」「死にたくない!」と思ったことか。 もっともっと・・・ヨボヨボに老いるまで家族と一緒に人生を歩いていきたかったはず。 若い夫と幼い息子を残して先に逝かなければならないことの悲しみ・苦しみ、悔しさ、そして、その恐怖の大きさははかり知れないものがあった。 女性が、写真に笑顔を残した由縁は・・・ 冷めた見方をすれば“つくり笑顔”。 しかし、父子家庭の主となる故人(夫)を末永く支えるため、幼い男性(息子)に待つ長い人生の糧になるため、必死につくった笑顔。 “笑顔の想い出は人生の宝物”・・・きっと、夫と息子、二人の その後の人生の糧になる“宝物”を残そうと思ったのだろう。 いわば、“決死のつくり笑顔”だったのではないかと思う。 「母は、“子供のためにも、いい人をみつけて再婚するように”って言ってたらしいんですけどね・・・結局、ひとり身のままでしたね・・・」 男性は、母親がいないことで、悔しい思いをしたり不自由な思いをしたりしたこともあっただろう。 両親揃っている友達を羨んだり、寂しくて一人で涙したりしたことも。 しかし、故人は、父子家庭であることをバネにさせるくらい愛情を注ぎ、丁寧に育てたよう。 男性の頭には、楽しかった想い出ばかり過っていたようで、ずっと笑顔を浮かべていた。 「夏になると、父は一人であの海に出かけてたみたいです」 故人と男性は、あれ以降、あの海に一緒に出かけることはなかった。 想い出の海辺に佇み、故人は一人で何を想ったのか・・・ それまでの人生を振り返り、想い出を懐かしみ、深い感慨にふけったのか・・・ 知る由もないけど、多分、亡妻と一緒にいるような気持ちで、微笑みながら、あの時と同じ風に心地よく身をゆだねていたのだろうと思う。 やがてくる死別の悲哀を写した海辺の一枚。 カメラを向けた故人は、どんな気持ちでシャッターをきったのだろうか・・・ カメラを向けられた女性は、どんな気持ちでレンズに顔を向けたのだろうか・・・ ・・・決して、幸せで楽しい気持ちではなかっただろう・・・ しかし、そんな中でも、二人は必死に幸せを見つけようとしたのではないか・・・ そして、その想いを微笑みに映そうとしたのではないか・・・ ・・・そう想うと、死というものの非情さが恨めしく、また、死別というものの条理が一層切なく感じられた。 元来、薄情者の私。 これも一過性の同情、一時的な感傷・・・自分の感性に浸っただけ。 ただ、畳に残ったシミは、笑顔の向こうにあった涙と汗・・・・・先に逝った女性の涙と その後を生きた故人の汗のようにみえて、私は、なおも深いところで生きつづける“いのち”を受けとめさせられ、同時に“この命の使い方”を考えさせられたのだった。

特殊清掃についてのお問い合わせは

特殊清掃プロセンター 0120-75-9944 

メールでのお問い合わせは

ゴミ部屋+孤立死

作業前
作業後

                      休み明けに出社してこないことに異変を感じた同僚が、故人の両親へ連絡。 金曜日の夜中に亡くなり、発見は月曜日の夕方。 室内はエアコンがかかっていたこともあり、腐敗を抑えることができていた。

□死後:推定3日                                                □作業場所:1DKアパート2階                                                      □作業内容:汚布団梱包 遺品整理 不要物分別梱包・搬出 簡易消臭消毒                □作業時間:延2日                                            □作業員:延人数3名                                                      □作業料金:148,000円(税別)(諸経費込)                             □費用負担:遺族

特殊清掃、消臭消毒については                                0120-75-9944(24時間対応)

メールでのお問い合わせは

特殊清掃+消臭消毒+不要物処理

作業前
作業後

                      『異臭がする』『玄関の隙間から虫が湧いている』

マンションの同フロアに住む住人からの通報で管理会社が玄関扉を開けると…

□死後:推定10日                                                □作業場所:1DKマンション                                                      □作業内容:特殊清掃 遺品整理 不要物分別梱包・搬出 消臭消毒                □作業時間:延2週間                                            □作業員:延人数5名                                                      □作業料金:225,000円(税別)(諸経費込)(解体 内装工事別)                             □費用負担:遺族

特殊清掃、消臭消毒については                                0120-75-9944(24時間対応)

メールでのお問い合わせは

亡くなる直前もラーメン、35年前に姿を消した父の「迷惑な」最期

いま日本は「孤独死大国」になろうとしている。国立社会保障・人口問題研究所の調査で、生涯未婚率が過去最高を更新したとメディア各社が報じた。生涯未婚率は50歳時点で未婚である人の割合を示す。その後、結婚をすることになる人もいるが、まだ少数派。また、配偶者や子どもがいても、「おひとりさま」になることもあるだろう。つまり、誰にとっても「おひとりさま」は他人事ではないのだ。

そこで、懸念されているのが、家で亡くなって死後何日も遺体が発見されないという「孤独死」というデッドエンドだ。民間のシンクタンクであるニッセイ基礎研究所の調査によると、孤独死の数は年間3万人。

そんな悲劇が実際に身内に生じたらどうなるのか。父親の孤独死に直面した会社員の徳山和也さん(仮名・55歳)の生々しい経験をもとに、“縁なき社会”の現状を追った。(ノンフィクション・ライター 菅野久美子)

●アル中、借金、35年会っていない父親

「突然、警察から電話があってオヤジが孤独死していたことを知ったんですよ。土曜の朝の8時半くらいに電話がきて『お父さんが亡くなったんです』と。しかも、電話口の相手は捜査1課だと言うんです。殺人事件を手掛ける部署ですよね。とにかくびっくりしましたね」

寒さの残っていたその日のことを、徳山さんはそう語り始めた。

私と徳山さんとは、彼が依頼した千葉県の遺品整理業者を通じて知り合った。遺族への孤独死の取材というと、一般的な反応としてあからさまに嫌な顔をされ拒否されることが多い。孤独死という結末が、通常ならば他人には触れられたくない家族関係の根幹に関わる部分であるからだ。それは、取材者である私でも、痛いほどよくわかる。

しかし、徳山さんは「孤独死の現状を知ってもらえるなら」と、二つ返事で取材を快諾してくれたのだ。

「たまたま仕事も休みで、趣味のウォーキングか温泉でも行こうかなんて思っていたところに、そんな電話。そのまま父親が住んでいたという千葉県内の警察署に遺体の引き取りに行くことになりました」

徳山さんの父親はかつては大手自動車メーカーに勤務し、製造ラインで自動車の部品を作っていた。しかし、あるときからアルコールに入り浸るようになり、複数の飲み屋などにツケを抱え、消費者金融に足繁く通い借金を作るようになる。しまいには住宅ローンの返済も滞るようになった。

一家の家計は火の車となり、両親は33年前に離婚。当然ながら、徳山さん自身、父親に関する良い思い出は全くない。さらに以後ずっと音信不通だったため、こういってはなんだが、他人同然だという。

そのため、降って湧いたような突然の父親の訃報に徳山さんは困惑した。母親はとうに離婚しているので、実子で長男である徳山さんに警察から連絡がいったのだが、その事態を理解するまでに、少し時間がかかったのは言うまでもない。母親も父親の死を後ほど知らされたが、あからさまに関わりたくなさそうな態度だった。

「だって、今まで散々家族に迷惑をかけてるんですよ。オヤジに対して、心情的には恨みつらみだけしかないんですよ。全く良いイメージがないですからね。だからできるだけ関わりたくなかったんです。どこかで借金しているかもわからないしね」

●焦げ付いた鍋の中にはラーメンが…

徳山さんのようなケースは決して珍しい話ではない。通常孤独死が発覚すると、警察は徹底的に身内の連絡先を調べ上げ、実子だけでなく、甥や姪までもいとも簡単に突き止め、遺体の引き渡しを求めて連絡をしてくる。縁遠い甥や姪にしてみれば寝耳に水であろう。

徳山さんは、父親の遺体の引き取りを承諾し警察に赴いたが、ずっと疎遠な状態が続いていれば、親類による遺体の引き取り拒否も少なくないという。

徳山さんの父親が暮らしていたというアパートに、遺体が発見されて数日後という状況にも関わらず、お邪魔させてもらえることになった。

築30年は下らないと思われる古びたアパートは、日当たりが悪く、室内は寒々しかった。部屋はガランとしていて、モノは少なく、キッチンのガス台には、鍋にラーメンがそのままの状態で置き去りにしてあった。

それが父親の身に起こった出来事を伝えていた。

鍋の中のラーメンは、黒く焦げ付いている。台所の冷蔵庫を見ると、中は空っぽ。父親は、まるで、玄関の方に助けを求めるようにして、突っ伏していたのだという。ガスの火は安全装置が起動して、しばらくして自動停止したのだろう。

その日も、いつも通りインスタントラーメンを作ろうとしたが、突発的な異変に見舞われ、そのまま倒れてしまったということが、現場の状態から一目でわかった。

晩年は年金生活だったようだが、最後まで飲み歩く生活はやめられずに、困窮した末、毎食ラーメンという不摂生な生活を送っていたことが浮かび上がってくる。遺品整理の際に、押し入れから出てきたのは、段ボールいっぱいの袋入りのあのインスタント麺だった。

「このキッチンの床に、オヤジは目を見開いた状態で、仰向けで倒れていたみたいです。ほんと、毎日ラーメンだけの生活だったんだなぁ…」

ため息をつくように、徳山さんはポツリとそうこぼした。その荒れた食生活からは、ごみ屋敷に代表されるような「セルフ・ネグレクト(自己放任)」に陥っていたと推測される。セルフ・ネグレクトは、孤独死の8割を占めると言われており、近年深刻な社会問題となっているのだ。

●孤独死のコスト

たまたま真冬の時期に死後1日で発見されたため、かろうじて遺体の腐敗は進行していなかったのが、せめてもの救いに思われた。これが真夏となると、また状況は違ってくる。何日も遺体が発見されず、床下まで体液が染み込むなどすると、清掃費用が跳ね上がり、ゆうに100万円を超えることもあるからだ。

そして、こうした費用の負担を巡って、遺族と大家がトラブルになるケースも近年頻発している。さらに悪質なのが、後払いであるのをいいことに、親族が費用を払わずに、そのまま逃げるケースだという。

徳山さんは、知り合いの葬儀社の提案で、火葬から納骨までを一括で依頼できるコースを選択した。父親の骨が火葬場から最後にどこにいったのかは知らないし、特に知りたくもないと思っている。

「オヤジが死んでホッとしたというのが正直な心境です。こんな面倒くさい死後のゴタゴタが全部、お金で解決できるなら、それでいいですよ」

これらの費用を捻出する理由は、亡くなったのが曲がりなりにも実の父だったこと。それに尽きるのが徳山さんの偽らざる心境だ。しかし、これが現在の孤独死の遺族を取り巻く現実である。

●35年ぶりに会った父、死の精算は「60万円」

大阪の特殊清掃業者によると、孤独死のほとんどが、こうした離婚後の男性だという。この業者は、孤独死の清掃で一度も遺族が悲しむ姿を見たことがないと断言していた。

徳山さんは言葉を続ける。

「昔のオヤジの勤め先の人に、オヤジが亡くなったって伝えたんです。警察の名刺を見せて『警察の世話になっちゃったよ』ってね。そしたら、『最後までほんとにあいつは世話を掛けるなあ』と言われたんです。自分でも、そう思いますよ。せめて、少しでもお金を残して置いてくれれば良かったのに思いますね」

徳山さんの口からは最後まで、死者を悼む言葉は聞くことはなかった。しかし、これまでの経緯を踏まえると、それも致し方ない気がする。

葬儀社へ支払った埋葬代込みの費用が10万8000円、斎場代(棺桶台と、冷蔵庫2日分込み)が1万9744円。家財道具処分費用が28万円、死体検案書3万5000円。その他にも、父親が滞納したクレジットカード代、アパートのハウスクリーニング費用など、徳山さんは諸々総計すると、60万円近くを支払った。

これが、世間ではあまり知られていない孤独死のコストだ――。そして、それが跳ね返ってくるのは、まぎれもなく血縁関係にある家族である。しかも実子がいない場合は、会ったこともない甥や姪にくることもある。

「死は生の鏡」と教えてくれたのは、孤独死対策で先陣を切っている常盤平団地(千葉県松戸市)の中沢卓実会長だ。いわば“発見されない死”とは、生前築いてきた社会における関係性の「薄さ」の反映といえるだろう。それが先鋭化したのが孤独死という結末に他ならないのだ。

弁護士ドットコムニュース